2/13は休み、2/14はだらだら3本ローラーを漕ぐ
ave
速度31.8km/h
心拍 0bpm
ケイデンス97rpm
時間30’07’9
max
速度40.3km/h
心拍 0bpm
ケイデンス113rpm
時間30’07’9
2/15は休み、2/16もだらだら珍しく固定ローラー。強くなる意思があるのかないのか?
ave
速度28.3km/h
心拍120bpm
ケイデンス89rpm
時間40’20’0
max
速度73.3km/h
心拍144bpm
ケイデンス165rpm
時間40’20’0
2/17は休み、2/18は前の日ばせおさん含むその大勢との飲み会があって車を早朝MTBで取りに行って、帰宅後3本ローラーに乗る。
ave
速度31.8km/h
心拍130bpm
ケイデンス96rpm
時間30’50’5
max
速度36.2km/h
心拍148bpm
ケイデンス110rpm
時間30’50’5
2/19は前日2日連続で飲み会があって、またもや車を早朝取りに行って、帰宅後3本ローラー30分。
ave
速度30.5km/h
心拍128bpm
ケイデンス93rpm
時間30’07’0
max
速度40.8km/h
心拍156bpm
ケイデンス124rpm
時間30’07’0
さて、私の本棚「戦艦大和の最期」戦闘編です。
戦闘開始直前の様子はこうだ。
「1220(12時20分)対空用電探、大編隊らしきもの三目標を探知す
同電探室長、長谷川兵曹持ち前のだみ声、流るる如く測距測角を報ず
「目標捕捉 イズレモ大編隊 接近シテクル」
直ちに艦隊各艦宛急信号を発す
各艦二十五ノットに増速 一斉回頭「百度ヨウソロウ」(艦隊そのまま、全艦100°度方向に変針)
スピーカー、その旨を達し終えるや、艦内かえって静粛の度を加う←緊迫感MAX
電探、目標追尾のまま刻々にデータを伝声しきたる「・・・三百(距離30,000m)、百六十度・・・次ノ目標二百五十(距離25,000m)、八十五度・・・」
すでに幾たび訓練目標射撃において、かかる追躡を繰り返したるか 同一の状況、同一の態勢、同調子の探信、かつて体験した如き錯覚に陥る
この現前の事態こそ、紛れもなき実戦にほかならずと、如何にして己に納得せしめんや
目標は仮設敵に非ず、必殺の翼陣なり 四周は練習水域に非ず、敵地なり
しかもなお機械的に報告を復唱しつつ、ややもすれば安易に定型に走る
対空戦闘迫る
探知方向に対し各部見張りを集中す
折しも小雨霧の如く洋上に立ちこめ、視界不良ここに極まる
かくて米機の発見は、恐らく同時に襲撃の開始とならん」
というように戦いの直前の様子はこんな感じである。実にリアリティと緊迫感あふれる感じで些細な心の動きなども詳細に表現されている。特に練習と何ら変わらない状況の中、実戦の実感がわかない様子の表現は見事だ。本物の戦闘に参加した人間以外に書きえない、本物のドキュメンタリーになっている。
いよいよ戦闘開始の様子はこうだ。
「1232(12時32分)、二番見張りの蛮声「グラマン二機、左二十五度(方向角正面より左25°)高度八度、四十(距離4000m)右ニ進ム」
たちまち肉眼に捕捉 雲高は千乃至千五百米
機影発見するも至近に過ぎ、照準至難、最悪の形勢なり
「今ノ目標ハ五機・・・十機以上・・・三十機以上・・・」
雲の切れ間より大編隊現る 十数機づつ編隊を組み、大きく右に旋回
正面に別の大編隊 すでに攻撃隊形に入りつつあり
「敵機ハ百機以上、突ッ込ンデクル」叫ぶは航海長
雷撃、爆撃とも本艦への集中は必至
艦長下命「射撃始メ」
高角砲二十四門、機銃百二十門、一瞬砲火を開く
護衛駆逐艦の主砲も一斉に閃光を放つ
戦闘開始 今ぞ招死の血戦、火蓋を切る
われは初陣、肩の肉盛り上がり腿踊り出さんとするを抑えつつ、膝にかかる重量を測る
この身、興奮にたぎりつつ自らの昂りを眺め、奥歯を噛み鳴らしつつ、微かに笑みをたたう
身近の兵、弾片に斃れる 圧倒する騒音の内にその頭蓋骨を叩くを聞き分け、瀰漫する煙の内に血の匂いを探る 「敵は雷爆混合」甲高き声」
という感じで戦闘が開始された。自分の体を使って、初めての戦いに直面にした超絶な非日常状態における人間の様子をつぶさに観察している。特に戦艦の艦橋勤務という状況での戦いだから太腿が踊り出しそうになるというのは解るような気がする。奥歯を噛みながら自分の興奮を客観視して笑みが出るというのも極限状態の想像は湧かないが、逆に極限状態ならではの反応とも言える。アドレナリンが出て少しの間がある時に、ニヤっとしてしまうことは誰かしら経験のあることと思う、ただ、戦争なので現代人では未体験の非日常の極致で、戦闘を経験した吉田少尉流に心の反応も敢えて細かく表現するとこうなったということだ。ああーあるあるという感じ。我々のアドレナリンなんて甘いかもしれないが。
ここからはかなり詳細な戦闘場面が延々と続き、魚雷の避け方などいろいろ詳しく興味深い内容が続く。その中で迫力あるシーンはこれだ。
「雷跡は水面に白く糸を引く如く美しく大和を目指し十数方向より静かに交差して迫り来る
雷跡の目測距離と測角を回避盤に睨みつつ、艦を魚雷方向と平行に運び、ぎりぎりにかわす
至近の火急のものに先ず注目し、これをかわし得ること確実の距離に至れば直ちに次に移る
要は見張りと計算と決断なり
艦長は艦の全貌を見渡す吹きさらしの防空指揮所にあり 少尉二名これに侍して回避盤を睨み、鞭を揮って四周の魚雷を艦長に伝う
航海長は艦橋の艦長席に座し、二者一体の操艦なり
艦長の号令、伝声管を貫いてわが耳を聾す 語尾割れて凄まじき怒声なり」
という文章だ。それは艦長は命掛けだ。生きるか死ぬかの格闘である。それはそれは艦長の号令は語尾割れて凄まじい怒声になるだろう。その声の恐ろしさ・迫力は想像を絶する。
その後、第一派、第二派、第三派・・・と攻撃を受ける。第一派が去った後、艦橋から死体3体を運び出す時、それを盗み見る自分を恥じたり、吉田少尉らしい表現がいろいろ出てくる。とにかく書ききれないので書かないが、参謀長が「とうとう一発あてちゃったね」と声に出すシーンが印象的だ。2回目に書いた臼淵大尉の戦死の様子もここで出てくる。涙涙の仲間の死がたくさん出てくる。この小説は鎮魂の歌といってもよく、多くの仲間が出てくる。どんな人でどんな思い出があってどう死んでいったか、それを残すことも吉田の目的だったのだろう。これも書くときりが無いので省略する。
そんな中で、現在の仕事にも通ずるような関心するシーンが出てくる。偉い人はやっぱり偉かったというシーンである。有言実行らしいことが解る。こうだ。
「艦橋の窓は目の高さ、横に一めぐりくり抜かれたる狭き見張り窓なり
弾片その間をよぎらんとして、多く跳ね返り、無軌道に噴き込む 戯れ舞うに似たり
炸裂箇所、弾道の方向にも測る由なし
何を持ってこれを避けんか
ただ裸身を礫にさらすのみ
大半の艦橋員、無意識に床にうつ伏して突入する米機を仰ぐ
銃口を直視せばむしろ危険大なるも、見えざるものに狙わるる不安に耐えず せめてわが仇敵を目撃捕捉したき衝動に駆らるるなり
その中に、依然として身じろぎもせぬ司令長官
すっくと立つ航海長
その前に、窓に上半身を乗り出して雷跡を見張るは兵学校出身、据傲なる山森中尉なり
日頃の高言に恥じぬ あっ晴れの活躍というべきか」
というシーンだ。吉田少尉の目からこういう評価を与えてるところに職業軍人としての真価が解る。そっくりそのまま我々の仕事にも当てはまる話だ。本物の勇者かどうかが見えますなー。そんな中、吉田少尉もだんだんとインテリ学徒から本物の戦士に成長したシーンがある。こうだ。
「電探伝令、岸本上水(十八歳)、唇を震わす まとい付く肉片、血糊に脅えたるか
しかも自ら伝うる報告は、戦況の苛烈、戦友の悲運に満ち満ちたり
真っ向に眼を睨みすえ、一発顎に鉄拳を見舞う 童顔紅潮、震え止む 可憐なり」
という場面である。
臼淵大尉の教えを思い出すまでもなく、戦場における優れた管理職の仕事を実践している。いや戦闘局面では無意識の内にこうなるのだろう。
戦闘終了直前の様子はこうだ。これもさすが吉田少尉。心に響く名文だ。こうだ。
「周囲の人の気配変わらず もの憂く見まわし、互いに生き残れるを確かめ合う
過激なる活動のあとの、この身の熱気感応し合い、溶ける如き倦怠のみ
その瞳の虚ろさ 忘我の果てか
しばし全き虚脱 疾風吹き抜けたる後の寂寥
われ戦えり、戦えり 濁りなき回想
あたり静かなり
傾斜計の指針、この静寂の中を滑る如く進む」
という文章だ。
なんとも印象的だ。ただ、沈没直前なのに周囲は変わらず自分の仕事をしてるってことだから、最後の最後までそれぞれの仕事はきっちりしてるということから、最後に至っての士気の高さは驚きである。組織の仕事として見事だ。
この後は、沈没まで生死の境をさまよい、生き残るまでのシーンがまた詳細に心理状態も含めて展開される。
ここのところを書いたらきりがないのでやめにする。まあ、いづれにしてもまだまだその他のシーンも含め、紹介しきれないほどおもしろいし興味深い本だということだ。ではこの本の終わりの文章を書いて「戦艦大和の最期」の紹介を終了する。最後はこう閉めている。
「徳之島の北西二百海里の洋上、
大和轟沈して巨体四裂す
水深四百三十米
今なお埋没する三千の骸
彼ら終焉の胸中果たして如何」