2010年2月28日日曜日

今シーズン初めての外ロード

 昨日はローラーは休み。今日は外をロードに乗った。一般道路はいまいち雪解けの水がたらーっと流れたりして汚い感じだったけど、幌別鉱山町への道は周りの雪は多いが、道路はパークゴルフ場から奥はドライだった。accu3D上下着て、システムシックスでスプリント練習をした。約1時間の練習。天気の割には寒くて、すぐに手袋をスキー用に取り換えた。でもaccu3Dは激しい運動をしている限り寒いということはなかった。走れる区間が約1000mくらいの距離だったので、そこをアップ3往復したあとに、もがき練習を50×16で行った。約500mくらい下ハンダンシングでもがいた。
1回目は最高速が56km/h
2回目は53km/h
3回目52km/h
4回目50km/hだった。
やっぱり実走はローラーよりも重いしきつかった。脚に乳酸がたまって一瞬しか力が出ません。
この状態で数分持続させなければだめなんだんな。まー実走練習しながらぼちぼちいきます。
帰宅後、固定ローラーで50秒100回転+10秒流し、これを10回やってその後SFRを5分行った。
それの記録は以下の通り。
ave
 28.7km/h
 129拍
 91rpm
 15’10’5
max
 65.8km/h
 175拍
 126rpm
 15’10’5

2010年2月26日金曜日

少しでも前進(SFR)

今日は寝坊。で練習休むかやるか考えたけどちょっとでもやろうと決めた。だからあくびしぃしぃやった。
 今日のメニューはSFR。
 アップ(負荷2の50×21の90回転×10分)+((負荷max×50×12の右脚のみ30秒×全力)+(負荷max×50×12の左脚のみ30秒×全力)+(負荷max×50×12の両足1分×90回転目途)+(負荷min×50×21×90回転を3分))×2回を行って計20分実行。
 ふー。。汗ぼったんぼったんだった。やらないよりやった方がましで、1mmでも前進。
ave
 25km/h
 130拍
 75rpm
 22’06’0
max
 60.1km/h
 177拍
 111rpm
 22’6’0
  

2010年2月25日木曜日

軽いインターバル

 今日は朝、固定ローラーで(負荷2で50×23の100回転×50秒+10秒流し)×10回
             (負荷2で50×21の100回転×50秒+10秒流し)×10回
             (負荷2で50×19の100回転×50秒+10秒流し)×10回
の計30分ローラーを行った。心拍的には大したことないが、これが意外ときつい。
10秒のレストが以上に短く感じるのだ。やはりインターバルの肝は絶妙に不完全な休み時間にあると思う。軽めなので有酸素に効きそうな感じ。でも結構回したつもりでも平均回転数は予想外に低いですね。
ave
 28.2km/h
 131拍
 94rpm
 30’08’0
max
 39.1km/h
 151拍
 120rpm
 30’08’0
 

だらだらローラーから少し前進

20日はローラーを休み。21日は3本ローラーを漕ぐ
ave
 30.4km/h
 144拍
 92rpm
 30’09’0
max
 51.5km/h
 171拍
 128rpm
 30’09’0

 22日はたまにもがいて高速回転しないとスプリント忘れるので固定ローラーに切り替える。負荷最大アウタートップのSFRの片足ペダリングも混ぜ、ゆっくり回転のもがきも試みる。
ave
 28.1km/h
 145拍
 88rpm
 30’11’3
max
 86.0km/h
 178拍
 196rpm
 30’11’3

 23日も固定ローラー前日と同じ内容。
ave
 29.4km/h
 149拍
 90rpm
 30’10’0
max
 87.2km/h
 178拍
 199rpm
 30’10’0

 さて、今日もこれからローラー漕ぎます。 

2010年2月17日水曜日

ローラー&私の本棚「戦艦大和の最期」最終回

2/13は休み、2/14はだらだら3本ローラーを漕ぐ
ave
 速度31.8km/h
 心拍 0bpm
 ケイデンス97rpm
 時間30’07’9
max
 速度40.3km/h
 心拍 0bpm
 ケイデンス113rpm
 時間30’07’9

2/15は休み、2/16もだらだら珍しく固定ローラー。強くなる意思があるのかないのか?
ave
 速度28.3km/h
 心拍120bpm
 ケイデンス89rpm
 時間40’20’0
max
 速度73.3km/h
 心拍144bpm
 ケイデンス165rpm
 時間40’20’0

2/17は休み、2/18は前の日ばせおさん含むその大勢との飲み会があって車を早朝MTBで取りに行って、帰宅後3本ローラーに乗る。
ave
 速度31.8km/h
 心拍130bpm
 ケイデンス96rpm
 時間30’50’5
max
 速度36.2km/h
 心拍148bpm
 ケイデンス110rpm
 時間30’50’5

2/19は前日2日連続で飲み会があって、またもや車を早朝取りに行って、帰宅後3本ローラー30分。
ave
 速度30.5km/h
 心拍128bpm
 ケイデンス93rpm
 時間30’07’0
max
 速度40.8km/h
 心拍156bpm
 ケイデンス124rpm
 時間30’07’0


さて、私の本棚「戦艦大和の最期」戦闘編です。
戦闘開始直前の様子はこうだ。

「1220(12時20分)対空用電探、大編隊らしきもの三目標を探知す
同電探室長、長谷川兵曹持ち前のだみ声、流るる如く測距測角を報ず
「目標捕捉 イズレモ大編隊 接近シテクル」 
 直ちに艦隊各艦宛急信号を発す
各艦二十五ノットに増速 一斉回頭「百度ヨウソロウ」(艦隊そのまま、全艦100°度方向に変針)
スピーカー、その旨を達し終えるや、艦内かえって静粛の度を加う←緊迫感MAX
電探、目標追尾のまま刻々にデータを伝声しきたる「・・・三百(距離30,000m)、百六十度・・・次ノ目標二百五十(距離25,000m)、八十五度・・・」
 すでに幾たび訓練目標射撃において、かかる追躡を繰り返したるか 同一の状況、同一の態勢、同調子の探信、かつて体験した如き錯覚に陥る
この現前の事態こそ、紛れもなき実戦にほかならずと、如何にして己に納得せしめんや
目標は仮設敵に非ず、必殺の翼陣なり 四周は練習水域に非ず、敵地なり
しかもなお機械的に報告を復唱しつつ、ややもすれば安易に定型に走る
 対空戦闘迫る
探知方向に対し各部見張りを集中す
折しも小雨霧の如く洋上に立ちこめ、視界不良ここに極まる
かくて米機の発見は、恐らく同時に襲撃の開始とならん」

というように戦いの直前の様子はこんな感じである。実にリアリティと緊迫感あふれる感じで些細な心の動きなども詳細に表現されている。特に練習と何ら変わらない状況の中、実戦の実感がわかない様子の表現は見事だ。本物の戦闘に参加した人間以外に書きえない、本物のドキュメンタリーになっている。
いよいよ戦闘開始の様子はこうだ。

「1232(12時32分)、二番見張りの蛮声「グラマン二機、左二十五度(方向角正面より左25°)高度八度、四十(距離4000m)右ニ進ム」
たちまち肉眼に捕捉 雲高は千乃至千五百米
機影発見するも至近に過ぎ、照準至難、最悪の形勢なり
「今ノ目標ハ五機・・・十機以上・・・三十機以上・・・」
雲の切れ間より大編隊現る 十数機づつ編隊を組み、大きく右に旋回
正面に別の大編隊 すでに攻撃隊形に入りつつあり
「敵機ハ百機以上、突ッ込ンデクル」叫ぶは航海長
雷撃、爆撃とも本艦への集中は必至
艦長下命「射撃始メ」
高角砲二十四門、機銃百二十門、一瞬砲火を開く
護衛駆逐艦の主砲も一斉に閃光を放つ 
 戦闘開始 今ぞ招死の血戦、火蓋を切る
われは初陣、肩の肉盛り上がり腿踊り出さんとするを抑えつつ、膝にかかる重量を測る
この身、興奮にたぎりつつ自らの昂りを眺め、奥歯を噛み鳴らしつつ、微かに笑みをたたう
身近の兵、弾片に斃れる 圧倒する騒音の内にその頭蓋骨を叩くを聞き分け、瀰漫する煙の内に血の匂いを探る 「敵は雷爆混合」甲高き声」 

 という感じで戦闘が開始された。自分の体を使って、初めての戦いに直面にした超絶な非日常状態における人間の様子をつぶさに観察している。特に戦艦の艦橋勤務という状況での戦いだから太腿が踊り出しそうになるというのは解るような気がする。奥歯を噛みながら自分の興奮を客観視して笑みが出るというのも極限状態の想像は湧かないが、逆に極限状態ならではの反応とも言える。アドレナリンが出て少しの間がある時に、ニヤっとしてしまうことは誰かしら経験のあることと思う、ただ、戦争なので現代人では未体験の非日常の極致で、戦闘を経験した吉田少尉流に心の反応も敢えて細かく表現するとこうなったということだ。ああーあるあるという感じ。我々のアドレナリンなんて甘いかもしれないが。
 ここからはかなり詳細な戦闘場面が延々と続き、魚雷の避け方などいろいろ詳しく興味深い内容が続く。その中で迫力あるシーンはこれだ。

「雷跡は水面に白く糸を引く如く美しく大和を目指し十数方向より静かに交差して迫り来る
雷跡の目測距離と測角を回避盤に睨みつつ、艦を魚雷方向と平行に運び、ぎりぎりにかわす
至近の火急のものに先ず注目し、これをかわし得ること確実の距離に至れば直ちに次に移る
要は見張りと計算と決断なり
 艦長は艦の全貌を見渡す吹きさらしの防空指揮所にあり 少尉二名これに侍して回避盤を睨み、鞭を揮って四周の魚雷を艦長に伝う
航海長は艦橋の艦長席に座し、二者一体の操艦なり
艦長の号令、伝声管を貫いてわが耳を聾す 語尾割れて凄まじき怒声なり」

 という文章だ。それは艦長は命掛けだ。生きるか死ぬかの格闘である。それはそれは艦長の号令は語尾割れて凄まじい怒声になるだろう。その声の恐ろしさ・迫力は想像を絶する。

 その後、第一派、第二派、第三派・・・と攻撃を受ける。第一派が去った後、艦橋から死体3体を運び出す時、それを盗み見る自分を恥じたり、吉田少尉らしい表現がいろいろ出てくる。とにかく書ききれないので書かないが、参謀長が「とうとう一発あてちゃったね」と声に出すシーンが印象的だ。2回目に書いた臼淵大尉の戦死の様子もここで出てくる。涙涙の仲間の死がたくさん出てくる。この小説は鎮魂の歌といってもよく、多くの仲間が出てくる。どんな人でどんな思い出があってどう死んでいったか、それを残すことも吉田の目的だったのだろう。これも書くときりが無いので省略する。
 
 そんな中で、現在の仕事にも通ずるような関心するシーンが出てくる。偉い人はやっぱり偉かったというシーンである。有言実行らしいことが解る。こうだ。

「艦橋の窓は目の高さ、横に一めぐりくり抜かれたる狭き見張り窓なり
弾片その間をよぎらんとして、多く跳ね返り、無軌道に噴き込む 戯れ舞うに似たり
炸裂箇所、弾道の方向にも測る由なし
何を持ってこれを避けんか
ただ裸身を礫にさらすのみ
大半の艦橋員、無意識に床にうつ伏して突入する米機を仰ぐ
銃口を直視せばむしろ危険大なるも、見えざるものに狙わるる不安に耐えず せめてわが仇敵を目撃捕捉したき衝動に駆らるるなり
 その中に、依然として身じろぎもせぬ司令長官
すっくと立つ航海長
その前に、窓に上半身を乗り出して雷跡を見張るは兵学校出身、据傲なる山森中尉なり
日頃の高言に恥じぬ あっ晴れの活躍というべきか」

というシーンだ。吉田少尉の目からこういう評価を与えてるところに職業軍人としての真価が解る。そっくりそのまま我々の仕事にも当てはまる話だ。本物の勇者かどうかが見えますなー。そんな中、吉田少尉もだんだんとインテリ学徒から本物の戦士に成長したシーンがある。こうだ。

「電探伝令、岸本上水(十八歳)、唇を震わす まとい付く肉片、血糊に脅えたるか
しかも自ら伝うる報告は、戦況の苛烈、戦友の悲運に満ち満ちたり
真っ向に眼を睨みすえ、一発顎に鉄拳を見舞う 童顔紅潮、震え止む 可憐なり」

という場面である。
臼淵大尉の教えを思い出すまでもなく、戦場における優れた管理職の仕事を実践している。いや戦闘局面では無意識の内にこうなるのだろう。
 
戦闘終了直前の様子はこうだ。これもさすが吉田少尉。心に響く名文だ。こうだ。

「周囲の人の気配変わらず もの憂く見まわし、互いに生き残れるを確かめ合う
過激なる活動のあとの、この身の熱気感応し合い、溶ける如き倦怠のみ
その瞳の虚ろさ 忘我の果てか
しばし全き虚脱 疾風吹き抜けたる後の寂寥
われ戦えり、戦えり 濁りなき回想
あたり静かなり
傾斜計の指針、この静寂の中を滑る如く進む」

 という文章だ。
 なんとも印象的だ。ただ、沈没直前なのに周囲は変わらず自分の仕事をしてるってことだから、最後の最後までそれぞれの仕事はきっちりしてるということから、最後に至っての士気の高さは驚きである。組織の仕事として見事だ。

 この後は、沈没まで生死の境をさまよい、生き残るまでのシーンがまた詳細に心理状態も含めて展開される。
ここのところを書いたらきりがないのでやめにする。まあ、いづれにしてもまだまだその他のシーンも含め、紹介しきれないほどおもしろいし興味深い本だということだ。ではこの本の終わりの文章を書いて「戦艦大和の最期」の紹介を終了する。最後はこう閉めている。

「徳之島の北西二百海里の洋上、
 大和轟沈して巨体四裂す 
 水深四百三十米
 今なお埋没する三千の骸
 彼ら終焉の胸中果たして如何」



 

2010年2月11日木曜日

久々MTBですっ転ぶ&戦艦大和の最期(戦闘直前)

 2月10日は朝、軽ーくローラー
ave 
速度28.6km/h
 心拍125bpm
 ケイデンス88rpm
 時間30’11’1
max
 速度35.7km/h
 心拍144rpm
 ケイデンス108rpm
 時間30’11’1

2月11日、3本ローラー負荷真ん中に上げ10分間アップ、20分間は30秒130rpm、1分半流しを繰り返すインターバルを行った。

ave
 速度33.7km/h
 心拍149rpm
 ケイデンス101rpm
 時間30’07’0
max
 速度49.5km/h
 心拍173rpm
 ケイデンス135rpm
 時間30’07’0

 さらに11日は午後にMTBのタイヤをスパイクに取り換え、冬は初めての外乗りとしてスタートしたが道路がスケートリンクの轍状態で、ご近所のところで思いっきり「ずるべったん!」とすっ転ぶ。精神棒で殴られたような尻の痛みにしばらく起きれなかったが、小学生が3人遠くから転んだ自分を指差していたのですっくとやせ我慢して立ち上がり走り去った。まだ痛い。ところが少し乗っただけで初めて外で着たaccu3D subzeroに油交じりの突っぱねの泥がいっぱい腕や背中にかかり、すぐに帰宅した。あーもったいない。
 12日朝は6時起床で7時までMTB、今年初の外朝連だ。イタンキ海岸で朝日を見ながら缶コーヒーを飲んだ。ペダリングが非常に軽く3本ローラーの効果を実感したと思った矢先、ふと見るとフロントギアが真ん中だった。

 それでは私の本棚 吉田満著「戦艦大和の最期」戦闘編の前篇です。そろそろ疲れてきましたけど頑張りたいと。。。と、ここで思い出したように冒頭の出航前の場面におもしろい一節があった。
「四十歳を過ぎたる老兵の処置を如何にせんか 戦闘上ほとんど無力なるは明らかなり」だって、さらに「青年士官相はかり 彼らの退艦を艦長に具申」だと、つまり40歳以上は役にたたないから退艦させられていたのである。まったくトホホである。。

 大和は広島県の呉を出航し、一旦北に向かい三田尻沖で仮泊、ここで沖縄へ向けた特攻であることを知らされる、その後南に向かい福岡、大分、宮崎、鹿児島と九州の東側に沿ってジグザグに南下するのであるが、三田尻を出発する時がいよいよ出撃ということになる。

「「大和」はここに戦闘準備を完了す
最期の出撃に乗りこむ栄に浴せる者、総員三千三百三十二名
1600(四時)出航「両舷前進微速」 艦隊針路百二十度
旗艦「大和」 第二艦隊司令長官伊藤整一中将坐乗
これに従うもの、第二水雷戦隊所属の九隻、巡洋艦「矢矧」以下、駆逐艦「冬月」「涼月」「雪風」「磯風」「浜風」「初霜」「朝霜」「霞」 ことごとく百戦錬磨の精鋭なり
日本海軍最後の艦隊出撃なるべし 選ばれたる精強十隻・・・
精気を秘めて真白き波濤を噛む僚艦 矢は放たれたり
交代して哨戒直に立つ哨戒当直の将校なり 艦の心臓かつ頭脳たる艦橋の中央に勤務して、艦内十六箇所に配置せる見張り員を掌握し、その報告を取捨選択して艦長以下各幹部に復唱直結するを任務とす 警戒航行中最も重要なる当直なり 右二米に長官(中将)、左一米に参謀長(少将) 新参の学徒兵として、この身の幸運を想う 
「大和」舷側に横波を蹴立ててひたすらに進む 艦体構造の無類の耐波性により全く動揺なく、艦橋にあればさながら大地に立つごとき錯覚を起こす 
今我ら十隻を貫く一筋のもの、この潮流を冒して驀進す
1800(6時)総員集合 正装 最後の総員集合ならん 解散せばやがて戦闘配備に着き、再び集合の機会なし ただ配置にあって、渾然一体の戦力発揮を期するのみ 
すでに作戦発動せるため、艦長、艦橋を離るるを能わず 副長代わって、連合艦隊司令長官より艦体宛の壮行の詞を達せらる
「帝国海軍部隊ハ陸軍ト協力、空海陸ノ全力ヲ挙ゲテ、沖縄島周辺ノ敵艦隊ニ対スル総攻撃ヲ決行セントス
皇国ノ興廃ハ正ニコノ一挙ニアリ
ココニ特ニ海上特攻隊ヲ編成シ、壮烈無比ノ突入作戦ヲ命ジタルハ、帝国海軍力ヲコノ一戦ニ結集シ、光輝アル帝国海軍海上部隊ノ伝統ヲ発揚スルト共ニ、其ノ栄光ヲ後昆ニ伝エントスルニ外ナラズ
各隊はその特攻隊タルト否トヲ問ワズ、イヨイヨ致死奮戦、敵艦隊ヲ随所ニ殲滅シ、モッテ皇国無窮ノ礎ヲ確立スベシ」
美文なり 
皇居遥拝 君が代奉唱
軍歌 各艦相呼応してこだまの如し
万歳三唱
清明なる月光 仰ぎ見る全頂 我ら何をか言わん」ととうとう出撃に出てしまった感が強まり、いよいよ豊後水道の中間に差し掛かった時には、
「艦船の先鋒はようやく水道の半ばに達せんとす 右に九州、左に四国、しかも制海制空権を占めらる」と解りやすい。
 それにしてもここまでくれば腹も据わっている。その翌日、決戦日となった4月7日黎明大隅海峡を通過、最後の朝食をとったあたりで
「朝食 今日を限りに我とは無縁の存在なり 何か訝しく、笑いをこらう 海飽くまでも青く、重き波舷側を打つ 九州最南端の陸岸 すでに艦尾方向に消ゆ 再び肉眼に内地の山野を見ることあらじ 刻々に遠ざかり離れ行かんのみ 今や一点の島影を見ず」となんとも切ない。

9時45分からまた哨戒に当たった。その日の14時には沈没することになるので、このあたりの時間は興奮と気負いとじわっとゆっくりとやってくる死の恐怖とない交ぜになってやり切れない気持ちだったろう。
「0945(9時45分)より哨戒直に立つ
ああ、われ「大和」最後の哨戒当直に当たらんとは
雲いよいよ低く、雲高千米 風速十米以上 驟雨あり 
哨戒至難 当直任務重大なり 
頬ひきつれる感あり 緊張のあまりか 艦橋中央の羅針儀台上に突っ立ち、汗ばむ掌に眼鏡を握りしむ・・・艦首今や敵方に正対す」
そして昼食は、「昼食 戦闘配食なり 壁に依り、片手に皿、片手に握り飯を持つ 気ぜわしき食事なり 最後の飯の味ならんか、夕刻までかかる余裕を保ち得るとは楽観し難し 暗き予感に刺されつつも、心こもれるこの門出の銀飯を食う いわんかたなく美味し 湯呑になみなみと熱き紅茶を啜る 温かく身ぬちにふれ 腹に沁みわたる
食後 艦長を中心に和気あいあいの歓談盛んなり・・・・
怒れるごとき朱面にかたく結べる唇 ただけいけいの眼光 一瞬慈悲を湛えるのを直視す・・・
鋭気俊敏の参謀ら、その眼差しにも柔和の光を見たり
満腹の倦怠 安堵のみの故に非ず
数歩を隔てずして死に行く我らに寄する 肉親にも近きいたわりなり」とある。最後なのに和気あいあいだなんてそういうことがあったんだって思うね。最後だからこそ和気あいあいなのか。

「奄美大島監視哨より「敵艦載機二百五十機北上中、厳戒を要す」との無電あり
1200(12時)今や征途の半ばに達す
全艦隊粛々と進む
司令長官左右を顧み、破顔一笑「午前中はどうやら無事に済んだな」
出撃と同時に艦橋右前部の長官席に就かれし以来の第一声なり 警戒序列、の之字運動型式の選択、速力、変針等、一切を「大和」艦長に委ね、参謀長の上申にもただ黙して頷くのみ
この後本艦の傾覆まで、砲煙弾雨のうち終始腕を組んで巌のごとく座す 周囲の者殆ど死傷するも些かも動ぜず 官を賭するまでの反対を遂に押し切られたる作戦なれば、長官としてこれを主導するを潔しとせざりしか
海戦史に残るべき無謀愚劣の作戦の、最高責任者として名をとどむる宿命への無言の反抗か
竹を割ったるごときの気風、長身秀麗の伊藤長官」と戦いに火ぶたが切られる直前の様子はこんな感じだ。

 次回こそ戦闘場面を紹介します。今日はこれまで。さいならさいならさいなら

2010年2月9日火曜日

ぼけぼけっとローラー&昇格&私の本棚(続き)

 相も変わらずぼけーっとローラーを漕いでいる。
2月7日は仕事に出て休み。
2月8日は、
ave
 速度30.5km/h
 心拍130bpm
 ケイデンス91rpm
 時間30’05’0
max
 速度41.6km/h
 心拍155bpm
 ケイデンス110rpm
 時間30’05’0

本日2月9日は、
ave
 速度31.4km/h
 心拍127
 ケイデンス93
 時間30’10’7
max
 速度44.5km/h
 心拍160bpm
 ケイデンス121rpm
 時間30’10’7
だった。

 今日監督から自分とティカ橋がS3に上がったとの連絡が入った。見てみるとK柳さんも当然ながら上に上がっている。自分は前頭75枚目だ。ティカ橋は前頭71枚目、これで2010シーズンはウッキーさん、ナオキ君、ティカ橋、僕ちんの4人が同じカテゴリーで走ることとなる。
 モエレ最終周回では必ずや力を合わせLimitsロケットランチャートレイン形成後、ゴール目掛けてバビューンとミサイルを発射しましょう。。。そのミサイル役はティカ橋か?推進燃料最後まで持たせられるのか? でっきるかな?

 さて、私の本棚、吉田満著「戦艦大和の最期」の続きである。
この本で吉田満にとって忘れ難い人物が登場する。一次室長(士官室長)である臼淵大尉(26歳)である。後部の副砲指揮官も担当していた。士官室長であるから海軍兵学校卒や学徒出陣組のエリート士官、下士官を束ねる中間管理職にあたる立場の人だ。この人となりも吉田が描いたがゆえに後世に伝わっているわけだ。
  こんな回想場面がある。「彼兵学校七十一期出身の俊秀なり 艦内切っての剛勇、総員の士気を掌握せるも、人情味厚く人生談義を好む
われ乗艦当初臼淵大尉に鉄拳を見舞われしことあり
一夜、夜間訓練を終え廊下を寝室に急ぐ折、一名の兵、我が十数米前より左折して、左舷の通路に消ゆ されど少なくとも数秒間、われと目を合わせしは疑いなし 明らかに欠礼なり
通常 鉄拳五発に値する不埒なり
「待て」と一喝し、踵を返して走り寄るを見れば、少年の通信兵なり 制裁に怯え、肩震わし、しきりに顔色覗う
「貴様は今そこを通る前に俺を見たはずだ」
「見ました」
「なぜ敬礼をしないんだ」 瞳を凝らし、唇を噛む
「欠礼したと自分で知りながら廊下を曲がってしまう 必ず後にいやな気持が残るだろう どうだ」
「はい」 訝しげに見返す
「敬礼なんてものは、一挙手一投足といって、あらゆる動作の中で一番簡単なものなんだ それをやり惜しんで、いやな後味を残す こんなつまらんことはないじゃないか」
「はい」
「これからは上官の後姿を見ても、いいから敬礼してみろ 大した努力はいらん そして気持ちがいつも楽だぞ」
「はい、はい」 片頬に皺を浮かべ、相好歪む
「解ったらそこで思い切り敬礼してみろ」
数回、力一杯に挙手の礼を繰り返し、小躍りして走り去る
「待て」 振り向けば臼淵大尉なり、と思う刹那、鉄拳わが左頬に一閃 虚を突かれてよろめく
「不正を見ても殴れんような、そんな士官があるか」 むしろ青ざめて間近に立つ
「すっかり見ていた 貴様の言うことも一応は解る 恐らく自分の立場から考えて、この際は殴りつけるよりも、説教の方が効き目があると考えたんだろう」
「そうです 自分の場合だけでなく、兵隊に対しても正しいと思いました」
「貴様はどこにいるんだ?今娑婆にいるのか」
「軍艦です」
「戦場では、どんなに立派な、ものの解った士官であっても役に立たん 強くなくちゃいかんのだ」
「私はそうは思いません」 しばし睨み合う
「貴様にも一理はある それは解っている だからやってみようじゃないか 砲弾の中で、俺の兵が強いか、貴様の兵が強いか あの上官はいい人だ、だからまさか この弾の雨の中を突っ走れなどとは言うまい、と貴様の兵隊がなめてかからんかどうか 軍人の真価は戦場でしか判らんのだ いいか」

 この臼淵大尉と吉田少尉のやりとりを読むにつけ、こんな綺羅星のような頭脳明晰な若者達が居たんだという事実、26歳と22歳である。自分の同年齢時代と比較にならない大人な考え、行動である。職業人として見た彼らのレベルの高さは心身とも現代人以上の高水準であることが窺い知れる。
 臼淵大尉の最もすごいところは死を目前にして苦悶する若き士官達を納得させるところだ。臼淵大尉自信も当然特攻の死が目前であるにも関わらず部下たちの特攻による死に意義づけをして、安心して戦ってもらう精神的環境を若き士官達に与えた。それ自体が中間管理職としての極限状況での最も苦しい仕事なのだがそれを見事にこなすシーンだ。その能力には真に敬服する。
 このシーンを理解するための前段として、前の方から説明したい。
 大和は第二艦隊の旗艦として駆逐艦、巡洋艦など10隻を要していた。この第二艦隊に沖縄への出動命令が下ったわけだが、第二艦隊司令長官の伊藤中将、大和の有賀艦長他の艦長らは全滅必至の無謀な作戦として強硬に反対していた。連合艦隊司令部から参謀長を説得に来させ、大和艦上で出撃の妥当性激論が交わされていた。作戦の概要は沖縄に向かい敵艦および航空兵力を撃滅して、沖縄本土にたどり着けばそのまま海岸に乗り上げ座礁させ、総員陸上に降り、陸戦隊として最後まで戦え、というもの。
 その目的等に関して美辞麗句を並べたてる説得説明に、未だ納得がいかない伊藤長官はその背後にある真の作戦目的について詰問した。
参謀長はようやくこう答えた「一億玉砕ニ先ガケテ立派ニ死ンデモライタイ」 
この言葉を聞いてようやく納得したという。つまり命を捧げる意味を見出せば納得するというまさに侍感覚だ。昭和にも侍がいた。まさに戦士ですね。そういうことも士官達には伝わっているという前提で、臼淵大尉の圧巻シーンはこうだ。
 「天号作戦の成否如何 士官の間に激しき論戦続く 必負論圧倒的に強し
「大和」出動の当然予想せらるべき諸条件の符号
米軍の未だかつてなき慎重なる偵察
情報により確認せる如く、沖縄周辺に待機せる強力かつ大量の機動部隊群
大海戦に前例を見ざる航空兵力の決定的懸隔
併せて発進時期、出動経路の疑問
提灯を下げて一人暗夜を行くにも等しき劣勢というべし
豊後水道にて逸早く潜水艦に傷つかん
あるいは道半ばに航空魚雷に倒れん(青年士官の大勢を占めたる予測は鮮やかに的中せり)

 痛烈なる必敗論議を傍らに、哨戒長臼淵大尉(一次室長)、薄暮の洋上に眼鏡を向けしまま低く囁くごとく言う

 「進歩の無い者は決して勝たない 負けて目覚めることが最上の道だ
日本は進歩ということを軽んじ過ぎた 私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた 敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか 今目覚めずしていつ救われるか 俺たちはその先導になるのだ 日本の新生に先駆けて散る まさに本望じゃないか」

 彼、臼淵大尉の持論にして、また連日ガンルームに沸騰せる生死談義の一応の結論なり あえてこれに反駁を加える者なし
出撃気配の濃密化とともに、青年士官に瀰漫せる煩悶、苦悩は、おびただしき論争を引き起こさずんばやまず
艦隊惨敗の状すでに蔽い難く、決定的敗北は単なる時間の問題なり 何のための敗北ぞ
また第一線に配置されたる我らが命、旦夕に迫る 何のための死か 何をあがない、いかに報いらるべき死か
 兵学校出身の中尉、少尉、口をそろえて言う「国のため、君のために死ぬ それでいいじゃないか それ以上に何が必要なのだ もって瞑すべきじゃないか」
 学徒出身士官、色をなして反問す「君国のために散る それは解る だが一体それは、どういうこととつながっているのだ 俺の死、俺の命、また日本全体の敗北、それをさらに一般的な、普遍的な、何か価値というものに結び付けたいのだ これら一切のことは、一体何のためにあるのだ」
 「それは理屈だ 無用な しかも有害な屁理屈だ 貴様は特攻隊の菊水のマークを胸に付けて、天皇陛下万歳と死ねて、それで嬉しくはないのか」
 「それだけじゃ嫌だ もっと、何かが必要なのだ」
ついには鉄拳の雨、乱闘の修羅場となる「よし、そういった腐った性根を叩き直してやる」
 臼淵大尉の右の結論は、出撃の直前、よくこの論戦を制して、収拾に成功せるものなり」

というシーンである。死が目前に迫る極限状態でも沈着冷静頭脳明晰である。そんな臼淵大尉の戦死について吉田は激しい戦闘の様子、仲間の戦死の様子も含めて鮮やかに描いている。まるで祈るような鎮魂の文章となっていると同時に、吉田をしてこの簡潔な文章、一言で臼淵大尉なる青年が輝けるリーダーであったことがわかる。
「臼淵大尉(後部副砲指揮官)直撃弾に斃る 知勇兼備の若武者、一片の肉、一片の血を残さず
死をもって新生の目覚めを切望したる彼、真の建設への捨石として捧げ果てたるかの肉体は、あまねく虚空に飛散せり」 と、

 私が思うにもし臼淵大尉が生きていたら、戦後、稀有の人材として日本復興のリーダーになっていたのではないかと思わせる人物だ。著者の吉田少尉も戦後は日本銀行の監査役まで務めた人なのである。
 では今日はここまで、次はいよいよ戦闘シーンに入ります。さいならさいならさいなら


 

2010年2月6日土曜日

ぼけっとローラー&私の本棚

 ここ最近寒いので朝、異常に眠い。年度末が迫ってきており忙しいながらも職場でコックリンコすることもしばしば。だから血管が収縮気味なのか具合も悪くローラーする気が起きなかった。
今日久々に3本ローラーを42分漕いだ。漕ぎ始めるとすーっと体が楽になる。完全にサイクル中毒だ。
ave
 速度32.4km/h
 心拍134bpm
 ケイデンス94rpm
 時間42’08’5
max
 速度48.6km/h
 心拍165bpm
 ケイデンス109rpm
 時間42’08’5


今日は私の本棚シリーズ

 吉田満著「戦艦大和の最期」を紹介する。

ずばり名著である。とにかく心揺さぶられる一冊だ。
 奇跡に近い作品で、まず戦艦大和に乗艦した吉田満が生還したこと。その吉田満が大和最後の戦いにおいて艦橋に配置されていたこと。そして吉田満が稀有の感性の持ち主でこの名作を残すだけの才能があったことである。
 東大法学部在学中に学徒出陣、大日本帝国海軍の少尉として戦艦大和の副電測士となる。初めての戦いが大和での水上特攻であった。当時若干22歳である。九死に一生を得て生還。終戦後生き残り軍人は非常に肩身が狭く、生きる望みも失せていた時、確かに自分が命をかけた証であった大和の出撃から戦闘そして沈没まで、その間の人間模様、心理状態、戦いの様子を一刻一刻を克明に記録している。一夜にして書き上げたという。たぶん書き始めてゾーンに入ったに違いない。戦争に対して美化も反省もなく。ただありのままを描いたという。戦後は戦争讃歌の書と勘違いされ発禁となり、いろいろと攻撃されたという。
 文語体で書かれているので、読みずらいなと思っていたら、意外と読みやすく止まらなくなった。読むほうも一夜にして読んでしまう。そんな本だ。文語体で書いた理由を吉田満は「戦いのリズムが文語体の格調を要求した」とのことである。
 それにしてもまず、現在に生きる人間として、考えられない状況で若武者たちが生きたということだ。彼らの声がリニアに生生しく凄みとともに迫ってくる。これだけでも感心する。
 始まりの下りではいきなりこうだ。「二十九日早朝、突如艦内スピーカー「0815(午前8時15分)ヨリ出航準備ヲ行ウ 出航は1500(午後3時)」掛かる不時の出航、前例なし されば出撃か 通信士より無電および信号の動き激しとの情報とどく 我を待つもの出撃にほかならず、入渠準備と称しての碇泊も真実は出撃の偽装ならん 十日前、敵艦載機七十機の我が艦隊を飛襲せるは出撃を予知しての先制攻撃なるべし
我らいかにこの時を期して待ちしか
我ら国家の干城として大いなる栄誉を与えられたり
いつの日か、その証を立てざるべからず
我ら前線の将士として過分の衣食を賜わりたり
いつの日か知遇に報いざるべからず
出撃こそその好機なり
また日夜の別なき猛訓練もここに終止し、過労と不眠の累積より我らを解放せん
時に米機動部隊沖縄諸島攻撃開始後、わずかに六日、慶良間列島上陸は三日前なり
作戦は恐らく同方面に発動せん」てな感じで始まる。その後出航までの間0815最終のボートで呉の町に出て外出後波止場から大和に戻るとき「これが俺の踏む最後の祖国の土かと思う 全速反路を「大和」に向かう 微風快し
外舷を銀白一色に塗装せる「大和」七万三千トンの巨体は魁偉なる艦首に菊の御紋章を輝かせ、四周を圧して不動磐石の姿なり
「大和」に近く碇泊せる「矢矧」(新鋭巡洋艦)より発光信号「ワレ出撃準備ヲ完了シ・・・」生気を孕んで点滅す」とある。まるで映像を見るような表現である。沈没前の碇泊中の様子の貴重な描写だ。
出航はこうだ。「1500(三時)大和出航 艦静かに前進を始む 出航は港内に本艦一艦のみ
秘かにして悠容たる出陣
碇泊中の僚艦より、千万の眼、無言の歓呼をこめて我らに注ぐ
われこそ彼らが與望を担うもの 一兵までも誇らかに胸張って甲板に整列す・・・・・・」という目を閉じれば浮かび上がってくるような描写はすごいの一言。
待機の場面もすごい「薄暮、三田尻沖に仮泊す・・・・・陸上との交通を絶ちたるまま最後の出動命令を待つ その間数日の休息に回天の英気を養い、無我の心境に必死の闘魂を磨かんとす
総員集合 戦闘略装のまま総員上甲板に整列
管制下の暗夜、鎮まる三千名の呼気
艦長、天一号作戦の目的(米沖縄上陸軍の迎撃)、本艦の使命(出動艦隊の根幹)を述べられ、全海軍の期待に応うべく、総員の奮起を切望せらる
副長「時至ル 神風大和ヲシテ真ニ神風タラシメヨ」」というシーンは印象的である。三千名の呼気でぶつっと切る表現、目に浮かぶ。ここで水上特攻であることが3千人の兵に伝えられたのである。「神風大和ヲシテ真ニ神風タラシメヨ」って激励の言葉としては今の感覚では信じられないだろうが、当時は決死の激励文だったのであろう。みんな20歳前後の年齢だから時代時代の生き方、その中での役割・青春ってものがあったのだろうね。すっげーって思う。なんじゃこのガキの感想は!? 
実戦の2日前である4月5日に猛訓練が行われその様子はこうだ、
「前日の艦長命令に基づき、艦内各部の訓練再開
総合応急訓練熾烈を極む 艦長徹底的に欠陥を指摘、反復訓練を続けらる
将兵の錬度未だ十分ならず 艦橋、強烈の叱声に殺気漲る
最後におよんでなお切磋琢磨を要せんとは←つらい
しからば、われ未熟なりとの自覚と、必勝の信念との相克を如何にせん
必勝の信念とはそもそも何ぞや
疑うなかれ 得がたき試練なるべし ただ突入の機に全力を発揮せんのみ」←(矛盾との戦いですね。)という文章に至っては、日本人って本当にって思う。特攻に行くのに、もうじき死が待っているのに艦長も3千名の兵達も全力で最善を尽くして訓練するのだ。訓練というのは段取りどおりに組織だってそれぞれが歯車となって、一体感を出して力を発揮することだろう。たぶん戦艦だから。この感覚はたぶん猛訓練が死の恐怖を感じさせない、生を出し切る時間だからだろう。いや虚勢とはいえ死の恐怖なんてそんなもの取るに足らんという空気があったのだろうか。とにかく実直にまじめな若者たち、祖国防衛のために彼らが命がけだったことがよくわかる。
中尉、少尉のガンルームではこのときすでに無謀な戦いに対する論争が起きていたこともわかる。つまり航空戦力対戦艦についてだ。吉田はこのとき「優位を保ちえる道理なし ただ最精鋭の錬度と、必殺の闘魂とに依り頼むのみ」とある。
出撃前夜に無礼講で酒をみんなで飲むシーンではこんな場面があった。「航海士鈴木少尉(学徒出陣)、乾杯をせんとして盃を手より滑らし床に落とせば、微塵に砕け散る
門出の盃を毀つは最も不吉なりという
色を失い、悄然として為すところなし
侮蔑の瞳一斉に彼に注ぐ ーこの期に及んで凶兆なんぞ恐るるに足らんー
されど蔑視する者よ、みずからは頼むに何をもってするか
何によって平静を保つか
彼ら真実は己の死に、選ばれたる者の栄光を妄想せるに非ずや
絢爛たる特攻の死を仮想し、異常の故の興奮にすがれるに非ずや
あるいは更に、万死のがるる余地なき征途にあって、己のみは儚き生還の夢に陶酔せるに非ずや
彼ら自らを偽れるなり
彼らを迎えるもの、まさしく死なり まごうことなき死なり
いかにその装いは華麗ならんとも、死は死にほかならず
彼らこの色褪せたる死を受け入れる用意ありや
鈴木少尉ひとり虚心にして、己が死に目覚めたるなり
直視せよ 自らを偽るなかれ
何人の盃も等しく砕かれたり ただこのしばらくを、かろうじてもろ手に支えいるに過ぎず
死はすでに間近し 遮るものなし
死に面接せよ 死こそ真実に堪えるもの
この時を逸して、己が半生、二十二年の生涯を総決算すべき折なし
ああ我が怯懦なるよ 今にして酒気を招き、もって耳目を覆わんとは
蛮勇と衒気にかくれ、死に怯えたる戦友を嘲笑せんとは」と死を目前にしてゆれる若武者の心が見てとれる。いや吉田の洞察眼はすごい、虚勢の本質を見抜いている、同時に死のむなしさも。
もうひとつ無礼講の前のシーン。「江口少尉、軍規および艦内作業を主掌する甲板士官なれば、最後の無礼講を控え、なお精神棒を揮って兵の入室態度を叱責し居り
足の動き、敬礼、言辞、順序、すべてにおいて難点を指摘して際限なし
されば一次室の入室は、かねて兵の最も忌避するところなり
老兵一名、怒声に叩かれ、魯鈍なる動作を繰り返す 瞳乾きて殆ど動かず
彼、一日後の己が運命を知りたれば、心中空虚なるか、挙動あまりに節度なし
精神棒唸って尻を打つ 鈍き打撲音 横ざまに倒れ、青黒き頬、床を撫で廻る←映画並ですね?
年齢恐らくは彼が息子にも近き江口少尉 その気負いたる面貌に溢るるもの、覇気かむしろ稚気か」
うーん素晴らしい。描写に無駄がない。わかりやすい。映画のようだなんてありふれた感想しか出ないが、この文語体のリズムが良いなー。「覇気か稚気か」なんてフレーズも戦争の矛盾を端的に表してますね。感性するどいです。今日はここまで。まだまだ続きます。さいならさいならさいなら。

2010年2月2日火曜日

淡々とローラー

 今日は朝6時30分起床で3本ローラー。
10分アップ後30分測定。負荷なし(1)。
ave
 速度38.5km/h
 心拍148bpm
 ケイデンス96rpm
 時間30’08’2
max
 速度52.1km/h
 心拍166bpm
 ケイデンス116rpm
 時間30’08’2

2010年2月1日月曜日

朝と夜の2回ローラー

 今日は6時半起床で7時10分までローラーに乗った。負荷なし
ave
 速度30.6km/h
 心拍120bpm
 ケイデンス93rpm
 時間30’06’9
max
 速度44.8km/h
 心拍147bpm
 ケイデンス130rpm
 時間30’06’9

 帰宅後夕食食べて酒飲んで20時から40分ローラーに乗った。負荷最大
負荷の掛かり方と心拍の関係が見えた。
ave
 速度30.8km/h
 心拍136bpm
 ケイデンス94rpm
 時間30’14’0
max
 速度37.3km/h
 心拍149bpm 
 ケイデンス104rpm
 時間30’14’0