ここ最近寒いので朝、異常に眠い。年度末が迫ってきており忙しいながらも職場でコックリンコすることもしばしば。だから血管が収縮気味なのか具合も悪くローラーする気が起きなかった。
今日久々に3本ローラーを42分漕いだ。漕ぎ始めるとすーっと体が楽になる。完全にサイクル中毒だ。
ave
速度32.4km/h
心拍134bpm
ケイデンス94rpm
時間42’08’5
max
速度48.6km/h
心拍165bpm
ケイデンス109rpm
時間42’08’5
今日は私の本棚シリーズ
吉田満著「戦艦大和の最期」を紹介する。
ずばり名著である。とにかく心揺さぶられる一冊だ。
奇跡に近い作品で、まず戦艦大和に乗艦した吉田満が生還したこと。その吉田満が大和最後の戦いにおいて艦橋に配置されていたこと。そして吉田満が稀有の感性の持ち主でこの名作を残すだけの才能があったことである。
東大法学部在学中に学徒出陣、大日本帝国海軍の少尉として戦艦大和の副電測士となる。初めての戦いが大和での水上特攻であった。当時若干22歳である。九死に一生を得て生還。終戦後生き残り軍人は非常に肩身が狭く、生きる望みも失せていた時、確かに自分が命をかけた証であった大和の出撃から戦闘そして沈没まで、その間の人間模様、心理状態、戦いの様子を一刻一刻を克明に記録している。一夜にして書き上げたという。たぶん書き始めてゾーンに入ったに違いない。戦争に対して美化も反省もなく。ただありのままを描いたという。戦後は戦争讃歌の書と勘違いされ発禁となり、いろいろと攻撃されたという。
文語体で書かれているので、読みずらいなと思っていたら、意外と読みやすく止まらなくなった。読むほうも一夜にして読んでしまう。そんな本だ。文語体で書いた理由を吉田満は「戦いのリズムが文語体の格調を要求した」とのことである。
それにしてもまず、現在に生きる人間として、考えられない状況で若武者たちが生きたということだ。彼らの声がリニアに生生しく凄みとともに迫ってくる。これだけでも感心する。
始まりの下りではいきなりこうだ。「二十九日早朝、突如艦内スピーカー「0815(午前8時15分)ヨリ出航準備ヲ行ウ 出航は1500(午後3時)」掛かる不時の出航、前例なし されば出撃か 通信士より無電および信号の動き激しとの情報とどく 我を待つもの出撃にほかならず、入渠準備と称しての碇泊も真実は出撃の偽装ならん 十日前、敵艦載機七十機の我が艦隊を飛襲せるは出撃を予知しての先制攻撃なるべし
我らいかにこの時を期して待ちしか
我ら国家の干城として大いなる栄誉を与えられたり
いつの日か、その証を立てざるべからず
我ら前線の将士として過分の衣食を賜わりたり
いつの日か知遇に報いざるべからず
出撃こそその好機なり
また日夜の別なき猛訓練もここに終止し、過労と不眠の累積より我らを解放せん
時に米機動部隊沖縄諸島攻撃開始後、わずかに六日、慶良間列島上陸は三日前なり
作戦は恐らく同方面に発動せん」てな感じで始まる。その後出航までの間0815最終のボートで呉の町に出て外出後波止場から大和に戻るとき「これが俺の踏む最後の祖国の土かと思う 全速反路を「大和」に向かう 微風快し
外舷を銀白一色に塗装せる「大和」七万三千トンの巨体は魁偉なる艦首に菊の御紋章を輝かせ、四周を圧して不動磐石の姿なり
「大和」に近く碇泊せる「矢矧」(新鋭巡洋艦)より発光信号「ワレ出撃準備ヲ完了シ・・・」生気を孕んで点滅す」とある。まるで映像を見るような表現である。沈没前の碇泊中の様子の貴重な描写だ。
出航はこうだ。「1500(三時)大和出航 艦静かに前進を始む 出航は港内に本艦一艦のみ
秘かにして悠容たる出陣
碇泊中の僚艦より、千万の眼、無言の歓呼をこめて我らに注ぐ
われこそ彼らが與望を担うもの 一兵までも誇らかに胸張って甲板に整列す・・・・・・」という目を閉じれば浮かび上がってくるような描写はすごいの一言。
待機の場面もすごい「薄暮、三田尻沖に仮泊す・・・・・陸上との交通を絶ちたるまま最後の出動命令を待つ その間数日の休息に回天の英気を養い、無我の心境に必死の闘魂を磨かんとす
総員集合 戦闘略装のまま総員上甲板に整列
管制下の暗夜、鎮まる三千名の呼気
艦長、天一号作戦の目的(米沖縄上陸軍の迎撃)、本艦の使命(出動艦隊の根幹)を述べられ、全海軍の期待に応うべく、総員の奮起を切望せらる
副長「時至ル 神風大和ヲシテ真ニ神風タラシメヨ」」というシーンは印象的である。三千名の呼気でぶつっと切る表現、目に浮かぶ。ここで水上特攻であることが3千人の兵に伝えられたのである。「神風大和ヲシテ真ニ神風タラシメヨ」って激励の言葉としては今の感覚では信じられないだろうが、当時は決死の激励文だったのであろう。みんな20歳前後の年齢だから時代時代の生き方、その中での役割・青春ってものがあったのだろうね。すっげーって思う。なんじゃこのガキの感想は!?
実戦の2日前である4月5日に猛訓練が行われその様子はこうだ、
「前日の艦長命令に基づき、艦内各部の訓練再開
総合応急訓練熾烈を極む 艦長徹底的に欠陥を指摘、反復訓練を続けらる
将兵の錬度未だ十分ならず 艦橋、強烈の叱声に殺気漲る
最後におよんでなお切磋琢磨を要せんとは←つらい
しからば、われ未熟なりとの自覚と、必勝の信念との相克を如何にせん
必勝の信念とはそもそも何ぞや
疑うなかれ 得がたき試練なるべし ただ突入の機に全力を発揮せんのみ」←(矛盾との戦いですね。)という文章に至っては、日本人って本当にって思う。特攻に行くのに、もうじき死が待っているのに艦長も3千名の兵達も全力で最善を尽くして訓練するのだ。訓練というのは段取りどおりに組織だってそれぞれが歯車となって、一体感を出して力を発揮することだろう。たぶん戦艦だから。この感覚はたぶん猛訓練が死の恐怖を感じさせない、生を出し切る時間だからだろう。いや虚勢とはいえ死の恐怖なんてそんなもの取るに足らんという空気があったのだろうか。とにかく実直にまじめな若者たち、祖国防衛のために彼らが命がけだったことがよくわかる。
中尉、少尉のガンルームではこのときすでに無謀な戦いに対する論争が起きていたこともわかる。つまり航空戦力対戦艦についてだ。吉田はこのとき「優位を保ちえる道理なし ただ最精鋭の錬度と、必殺の闘魂とに依り頼むのみ」とある。
出撃前夜に無礼講で酒をみんなで飲むシーンではこんな場面があった。「航海士鈴木少尉(学徒出陣)、乾杯をせんとして盃を手より滑らし床に落とせば、微塵に砕け散る
門出の盃を毀つは最も不吉なりという
色を失い、悄然として為すところなし
侮蔑の瞳一斉に彼に注ぐ ーこの期に及んで凶兆なんぞ恐るるに足らんー
されど蔑視する者よ、みずからは頼むに何をもってするか
何によって平静を保つか
彼ら真実は己の死に、選ばれたる者の栄光を妄想せるに非ずや
絢爛たる特攻の死を仮想し、異常の故の興奮にすがれるに非ずや
あるいは更に、万死のがるる余地なき征途にあって、己のみは儚き生還の夢に陶酔せるに非ずや
彼ら自らを偽れるなり
彼らを迎えるもの、まさしく死なり まごうことなき死なり
いかにその装いは華麗ならんとも、死は死にほかならず
彼らこの色褪せたる死を受け入れる用意ありや
鈴木少尉ひとり虚心にして、己が死に目覚めたるなり
直視せよ 自らを偽るなかれ
何人の盃も等しく砕かれたり ただこのしばらくを、かろうじてもろ手に支えいるに過ぎず
死はすでに間近し 遮るものなし
死に面接せよ 死こそ真実に堪えるもの
この時を逸して、己が半生、二十二年の生涯を総決算すべき折なし
ああ我が怯懦なるよ 今にして酒気を招き、もって耳目を覆わんとは
蛮勇と衒気にかくれ、死に怯えたる戦友を嘲笑せんとは」と死を目前にしてゆれる若武者の心が見てとれる。いや吉田の洞察眼はすごい、虚勢の本質を見抜いている、同時に死のむなしさも。
もうひとつ無礼講の前のシーン。「江口少尉、軍規および艦内作業を主掌する甲板士官なれば、最後の無礼講を控え、なお精神棒を揮って兵の入室態度を叱責し居り
足の動き、敬礼、言辞、順序、すべてにおいて難点を指摘して際限なし
されば一次室の入室は、かねて兵の最も忌避するところなり
老兵一名、怒声に叩かれ、魯鈍なる動作を繰り返す 瞳乾きて殆ど動かず
彼、一日後の己が運命を知りたれば、心中空虚なるか、挙動あまりに節度なし
精神棒唸って尻を打つ 鈍き打撲音 横ざまに倒れ、青黒き頬、床を撫で廻る←映画並ですね?
年齢恐らくは彼が息子にも近き江口少尉 その気負いたる面貌に溢るるもの、覇気かむしろ稚気か」
うーん素晴らしい。描写に無駄がない。わかりやすい。映画のようだなんてありふれた感想しか出ないが、この文語体のリズムが良いなー。「覇気か稚気か」なんてフレーズも戦争の矛盾を端的に表してますね。感性するどいです。今日はここまで。まだまだ続きます。さいならさいならさいなら。
カメラが修理から戻る
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カメラ(D750)が修理から戻って来た。
[image: 箱は念の為に保管]
シャッター幕が壊れた時にセンサーに傷が入って交換とな…
センサーがアホみたいに高いんだ。
カメラの心臓部みたいなものだから仕方ないけれどもw
値段を見たら中古カメラが一台買えそうだったけれど、直した方が長く使えそうだし。
痛い出費だけ...
6 日前
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