2010年2月9日火曜日

ぼけぼけっとローラー&昇格&私の本棚(続き)

 相も変わらずぼけーっとローラーを漕いでいる。
2月7日は仕事に出て休み。
2月8日は、
ave
 速度30.5km/h
 心拍130bpm
 ケイデンス91rpm
 時間30’05’0
max
 速度41.6km/h
 心拍155bpm
 ケイデンス110rpm
 時間30’05’0

本日2月9日は、
ave
 速度31.4km/h
 心拍127
 ケイデンス93
 時間30’10’7
max
 速度44.5km/h
 心拍160bpm
 ケイデンス121rpm
 時間30’10’7
だった。

 今日監督から自分とティカ橋がS3に上がったとの連絡が入った。見てみるとK柳さんも当然ながら上に上がっている。自分は前頭75枚目だ。ティカ橋は前頭71枚目、これで2010シーズンはウッキーさん、ナオキ君、ティカ橋、僕ちんの4人が同じカテゴリーで走ることとなる。
 モエレ最終周回では必ずや力を合わせLimitsロケットランチャートレイン形成後、ゴール目掛けてバビューンとミサイルを発射しましょう。。。そのミサイル役はティカ橋か?推進燃料最後まで持たせられるのか? でっきるかな?

 さて、私の本棚、吉田満著「戦艦大和の最期」の続きである。
この本で吉田満にとって忘れ難い人物が登場する。一次室長(士官室長)である臼淵大尉(26歳)である。後部の副砲指揮官も担当していた。士官室長であるから海軍兵学校卒や学徒出陣組のエリート士官、下士官を束ねる中間管理職にあたる立場の人だ。この人となりも吉田が描いたがゆえに後世に伝わっているわけだ。
  こんな回想場面がある。「彼兵学校七十一期出身の俊秀なり 艦内切っての剛勇、総員の士気を掌握せるも、人情味厚く人生談義を好む
われ乗艦当初臼淵大尉に鉄拳を見舞われしことあり
一夜、夜間訓練を終え廊下を寝室に急ぐ折、一名の兵、我が十数米前より左折して、左舷の通路に消ゆ されど少なくとも数秒間、われと目を合わせしは疑いなし 明らかに欠礼なり
通常 鉄拳五発に値する不埒なり
「待て」と一喝し、踵を返して走り寄るを見れば、少年の通信兵なり 制裁に怯え、肩震わし、しきりに顔色覗う
「貴様は今そこを通る前に俺を見たはずだ」
「見ました」
「なぜ敬礼をしないんだ」 瞳を凝らし、唇を噛む
「欠礼したと自分で知りながら廊下を曲がってしまう 必ず後にいやな気持が残るだろう どうだ」
「はい」 訝しげに見返す
「敬礼なんてものは、一挙手一投足といって、あらゆる動作の中で一番簡単なものなんだ それをやり惜しんで、いやな後味を残す こんなつまらんことはないじゃないか」
「はい」
「これからは上官の後姿を見ても、いいから敬礼してみろ 大した努力はいらん そして気持ちがいつも楽だぞ」
「はい、はい」 片頬に皺を浮かべ、相好歪む
「解ったらそこで思い切り敬礼してみろ」
数回、力一杯に挙手の礼を繰り返し、小躍りして走り去る
「待て」 振り向けば臼淵大尉なり、と思う刹那、鉄拳わが左頬に一閃 虚を突かれてよろめく
「不正を見ても殴れんような、そんな士官があるか」 むしろ青ざめて間近に立つ
「すっかり見ていた 貴様の言うことも一応は解る 恐らく自分の立場から考えて、この際は殴りつけるよりも、説教の方が効き目があると考えたんだろう」
「そうです 自分の場合だけでなく、兵隊に対しても正しいと思いました」
「貴様はどこにいるんだ?今娑婆にいるのか」
「軍艦です」
「戦場では、どんなに立派な、ものの解った士官であっても役に立たん 強くなくちゃいかんのだ」
「私はそうは思いません」 しばし睨み合う
「貴様にも一理はある それは解っている だからやってみようじゃないか 砲弾の中で、俺の兵が強いか、貴様の兵が強いか あの上官はいい人だ、だからまさか この弾の雨の中を突っ走れなどとは言うまい、と貴様の兵隊がなめてかからんかどうか 軍人の真価は戦場でしか判らんのだ いいか」

 この臼淵大尉と吉田少尉のやりとりを読むにつけ、こんな綺羅星のような頭脳明晰な若者達が居たんだという事実、26歳と22歳である。自分の同年齢時代と比較にならない大人な考え、行動である。職業人として見た彼らのレベルの高さは心身とも現代人以上の高水準であることが窺い知れる。
 臼淵大尉の最もすごいところは死を目前にして苦悶する若き士官達を納得させるところだ。臼淵大尉自信も当然特攻の死が目前であるにも関わらず部下たちの特攻による死に意義づけをして、安心して戦ってもらう精神的環境を若き士官達に与えた。それ自体が中間管理職としての極限状況での最も苦しい仕事なのだがそれを見事にこなすシーンだ。その能力には真に敬服する。
 このシーンを理解するための前段として、前の方から説明したい。
 大和は第二艦隊の旗艦として駆逐艦、巡洋艦など10隻を要していた。この第二艦隊に沖縄への出動命令が下ったわけだが、第二艦隊司令長官の伊藤中将、大和の有賀艦長他の艦長らは全滅必至の無謀な作戦として強硬に反対していた。連合艦隊司令部から参謀長を説得に来させ、大和艦上で出撃の妥当性激論が交わされていた。作戦の概要は沖縄に向かい敵艦および航空兵力を撃滅して、沖縄本土にたどり着けばそのまま海岸に乗り上げ座礁させ、総員陸上に降り、陸戦隊として最後まで戦え、というもの。
 その目的等に関して美辞麗句を並べたてる説得説明に、未だ納得がいかない伊藤長官はその背後にある真の作戦目的について詰問した。
参謀長はようやくこう答えた「一億玉砕ニ先ガケテ立派ニ死ンデモライタイ」 
この言葉を聞いてようやく納得したという。つまり命を捧げる意味を見出せば納得するというまさに侍感覚だ。昭和にも侍がいた。まさに戦士ですね。そういうことも士官達には伝わっているという前提で、臼淵大尉の圧巻シーンはこうだ。
 「天号作戦の成否如何 士官の間に激しき論戦続く 必負論圧倒的に強し
「大和」出動の当然予想せらるべき諸条件の符号
米軍の未だかつてなき慎重なる偵察
情報により確認せる如く、沖縄周辺に待機せる強力かつ大量の機動部隊群
大海戦に前例を見ざる航空兵力の決定的懸隔
併せて発進時期、出動経路の疑問
提灯を下げて一人暗夜を行くにも等しき劣勢というべし
豊後水道にて逸早く潜水艦に傷つかん
あるいは道半ばに航空魚雷に倒れん(青年士官の大勢を占めたる予測は鮮やかに的中せり)

 痛烈なる必敗論議を傍らに、哨戒長臼淵大尉(一次室長)、薄暮の洋上に眼鏡を向けしまま低く囁くごとく言う

 「進歩の無い者は決して勝たない 負けて目覚めることが最上の道だ
日本は進歩ということを軽んじ過ぎた 私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた 敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか 今目覚めずしていつ救われるか 俺たちはその先導になるのだ 日本の新生に先駆けて散る まさに本望じゃないか」

 彼、臼淵大尉の持論にして、また連日ガンルームに沸騰せる生死談義の一応の結論なり あえてこれに反駁を加える者なし
出撃気配の濃密化とともに、青年士官に瀰漫せる煩悶、苦悩は、おびただしき論争を引き起こさずんばやまず
艦隊惨敗の状すでに蔽い難く、決定的敗北は単なる時間の問題なり 何のための敗北ぞ
また第一線に配置されたる我らが命、旦夕に迫る 何のための死か 何をあがない、いかに報いらるべき死か
 兵学校出身の中尉、少尉、口をそろえて言う「国のため、君のために死ぬ それでいいじゃないか それ以上に何が必要なのだ もって瞑すべきじゃないか」
 学徒出身士官、色をなして反問す「君国のために散る それは解る だが一体それは、どういうこととつながっているのだ 俺の死、俺の命、また日本全体の敗北、それをさらに一般的な、普遍的な、何か価値というものに結び付けたいのだ これら一切のことは、一体何のためにあるのだ」
 「それは理屈だ 無用な しかも有害な屁理屈だ 貴様は特攻隊の菊水のマークを胸に付けて、天皇陛下万歳と死ねて、それで嬉しくはないのか」
 「それだけじゃ嫌だ もっと、何かが必要なのだ」
ついには鉄拳の雨、乱闘の修羅場となる「よし、そういった腐った性根を叩き直してやる」
 臼淵大尉の右の結論は、出撃の直前、よくこの論戦を制して、収拾に成功せるものなり」

というシーンである。死が目前に迫る極限状態でも沈着冷静頭脳明晰である。そんな臼淵大尉の戦死について吉田は激しい戦闘の様子、仲間の戦死の様子も含めて鮮やかに描いている。まるで祈るような鎮魂の文章となっていると同時に、吉田をしてこの簡潔な文章、一言で臼淵大尉なる青年が輝けるリーダーであったことがわかる。
「臼淵大尉(後部副砲指揮官)直撃弾に斃る 知勇兼備の若武者、一片の肉、一片の血を残さず
死をもって新生の目覚めを切望したる彼、真の建設への捨石として捧げ果てたるかの肉体は、あまねく虚空に飛散せり」 と、

 私が思うにもし臼淵大尉が生きていたら、戦後、稀有の人材として日本復興のリーダーになっていたのではないかと思わせる人物だ。著者の吉田少尉も戦後は日本銀行の監査役まで務めた人なのである。
 では今日はここまで、次はいよいよ戦闘シーンに入ります。さいならさいならさいなら


 

3 件のコメント:

ティカ橋 さんのコメント...

うわ~!かなりの長文でS川さんもゾーンに入っていたのですね!!この本は自分も読んでみたくなりましたよー!マジで!! でも、文末の「さいならさいなら」は30代以降の人じゃないと判らないですよね(笑)淀川さんは確か日曜洋画劇場でこの「さいならさいなら」を聞くと「明日はまた、学校かよっ!」と思った記憶がありますねー!

ばせを さんのコメント...

昇格おめでとうございます。○○せずに坂をスイスイ上っていましたし、最近はもがきまくり、悶えまくり?オールラウンダーを目指していた訳ですね。ところで、最近のブログはローラー漕ぎながらのタイピングですか?

S川 さんのコメント...

 別にゾーンに入っているわけじゃありません。最近ほんとうにネタがなくて、書くことがないのです。鹿の内臓で遊ぶわけでもないしね。それにしても私もサザエさんの次に「さいならさいなら」を聞くと「げ!明日から学校かよ!」とげんなりしていました。釧路にもまったく同じ少年がいたのですね、なんかやだなー。
 ばせおさんのほうがすごいですよ。○○しながら登るんだから。絶対にその方がすごい!
それにしてもどうして解っちゃうのかなー3本ローラー乗りながら両手離してブログ打ってるの。。やんなっちゃうなー。